リラクゼーションセラピストとして両親に親孝行が出来た話

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こんにちわリーマンブロガーのトウマ(@T_To_ma_)です

 

武道を続ける!を言い訳にしてバイトが憂鬱で続かなかない僕です

 

バイト先に電話するのも苦痛で友達といる時に電話していたくらい

ヘタレ気質。「バイト代いらないからやめさせてください」が口癖の僕が

 

リラクゼーションセラピストの仕事を3年続けて

両親に親孝行が出来るまでになったまでの話

 

病院に行かない両親「・・どうする俺!?」

 

当時、僕は24歳。

杖をついて歩いている母は病院にもいかないで自然治癒を待っているだけ。

 この時を境に「この人近々いなくなる!」

悩んだ末に「僕が治そう!」と安易に考え

はじめたのがリラクゼーションセラピスト(2980円のもみほぐし)

 

未経験+新規オープンの環境もあってか(歳上しかいないけど)

研修中は親指が激痛を訴える人が続出。

オープンまでに一定技術とお店の準備でバタバタ

 

未経験で始めるには若干ハードルの高さを感じながらも

お店のオープンに技術の一定ラインをクリアした

 

未経験者がほとんど、最低ラインの技術だったから

お客様に怒られたりもしてたので

毎日、時間があったら接客、技術、知識の全てを練習していた

大変だったが学校の部活のような空気だったので楽しい時間だった

 

結果的にほぐし業界は3年続けた 

仕事が続かない僕が仕事を続けるためにした事

今まで続けていた事を仕事に選んだ

合気道をしていたのもあり自分の体の動かし方を日頃から意識していたので

施術の時の自分の体制、相手に力を伝える方法は少し周りの人より早く

また、今までやってきた事から派生したものだったから仕事自体が楽しいと思える内容だった

新規オープンの店に行った 

一緒に仕事を始める人が全員未経験から始める

新しい組織を皆で作っていこうって空気は

学生時代の文化祭を感じさせる楽しいものを感じる

「新しい事に挑戦する」のは仕事でも同じく楽しい

 

既に存在する組織だと決まったやり方があって

自分の思う事は出来ない、言えない

自分が提供するサービスが好きだった

今での仕事は「サービスに全く共感できなかった」

いつも疑問と戦っている状態。

疑問と戦いながら仕事できるほど僕はメンタル強くはなかったので

貧乏生活になっていたわけだけど。

 

提供するサービスに同意できないものに

熱意をもって取り組む事はできない

 

なまけて仕事しているわけではなく

楽しみながら懸命に仕事する

 

仕事が続かない僕が仕事を続けられたのは

サービスに共感出来るのが一番大きかった

セラピストのいい所は「疲れた」に即対応 

リラクゼーション(以降マッサージ※リラクゼーションはマッサージとはいわないけどわかりやすいので)なので「治療」はできないけど

ちょっとした「疲れた」に即座に対応できるようになった

 

なんせ必要なのは

  • ベット(横になれればなんでもいい)
  • 自分
・・・以上

はじめの半年は練習台になってもらうついでに施術させてもらってたけど

半年目以降は「いいじゃん!」といわれるほどになった

 

今はほぐし業界を離れてお客様にマッサージする機会はないが

やめてから時間が経過しても体で覚えたものは忘れないもので

今でもちょっとした疲れたに対応して喜んでもらっている

 

マッサージチェアーが進化してきて

「もう人間が必要なくなる」とか思ったが

やはり、人間の手によるマッサージに勝るものはない

機械は会話はできないからね

最後に

このブログをみた人へ

「親孝行する時には親はいない」

親の存在は大事だけど親孝行を強制することはなく

 

適切な時期に親との関わり方を考える時間がをとってほしいなと思いました

 

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